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テオス (ファラオ) : ミニ英和和英辞書
テオス (ファラオ)
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


テオス (ファラオ) : ウィキペディア日本語版
テオス (ファラオ)
テオス(、Teos)、ないしタコス(、Tachos)は、古代エジプト語で「ジェドー (Djedhor, Djedho)」 と呼ばれていたエジプト第30王朝2代目のファラオの、古代ギリシア語における名である。その治世は、ファラオに即位して以降紀元前360年から紀元前359年とされる。テオスの父ネクタネボ1世は、自らの治世の途中で、紀元前363年ないし紀元前362年にはテオスを摂政とする共同統治を始めていた。一部のエジプト学の記述では、この共同統治期間をテオスの治世に含めている〔『』は、ネクタネボ1世の統治を「16年間」としており、3年間の共同統治期間があったことを間接的に示唆している。エジプト学の文献の中には、ネクタネボ1世の治世は紀元前378年から紀元前360年ネクタネボ2世の治世は紀元前359年から紀元前341年とするものもあれば(Madeleine DellaMonica: ''Les derniers pharaons: Les turbulents Ptolémées, d'Alexandre le Grand à Cléopâtre la Grande. Les temples ptolémaïques''. Maisonneuve et Larose, Paris 1998, ISBN 2-7068-1272-9, S. 6、Miriam Lichtheim: ''Ancient Egyptian Literature: A book of readings. Bd. 3: The late Period''. University of California Press, Berkeley 2006, ISBN 0-520-24844-9, S. 41)、テオスの治世を紀元前361年から紀元前359年までとするもの(Peter T. Daniels: ''From Cyrus to Alexander: A History of the Persian Empire''. S. 663)、紀元前361/360年から紀元前359/358年とするディーター・アーノルト (Dieter Arnold) やヨナ・レンダリング (Jona Lendering)らの見解もある。また、ネクタネボ1世の治世第16年を紀元前343年とし、ネクタネボ2世の治世第1年を紀元前359/358年とする記述もある(Friedhelm Hoffmann, Joachim Friedrich Quack: ''Anthologie der demotischen Literatur''. S. 162; John Ray: ''The Reflections of Osiris: Lives from ancient Egypt (The Magician Pharaoh Nectanebo II, reigned 359/358–343/342 BC)''. University Press, Oxford 2002, ISBN 0-19-515871-7, S. 127)。Thomas Schneider, Werner Huß und Jürgen v. Beckerath は、テオスの治世を紀元前362年から紀元前360年としている。〕。テオスの治世に試みられた硬貨金貨Nefer-nub)の導入は失敗した。
テオスは、第26王朝アプリエス (ウアフイブラー)以来2世紀ぶりに、シリアやパレスチナ地域へのエジプト勢力の拡張を計画し、これに着手した。テオスは、トトメス3世の前例に則り、レテヌ一帯(カナン歴史的シリアに相当)への外部勢力の脅威に対する攻撃に成功した〔Werner Huß: ''Ägypten in hellenistischer Zeit: 332-30 v. Chr.'' S. 48.〕。
ペルシア帝国の脅威からの防衛策の完成が見えてきた、フェニキアへの進出を目前にした時点で、テオスは自国で起きた反乱によって王座から追われ、代わってネクタネボ2世がファラオとなった。エジプト人のファラオがペリシアに対して対外的な攻勢に出たのは、これが最後の例となった〔。

== 脚注 ==



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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